「兵庫・洲本」多くの砲台跡が残る生石公園:由良要塞

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柏原山から曲がりくねった道を下ると、南あわじ水仙ライン(県道76号線)に出てすぐの生石公園に立ち寄る事にした。ここには、日清・日露戦争を控えて海峡に侵入するする外国艦隊を迎え撃つために建設された堡塁(ほるい)や砲台跡が残されている。

最初に立ち寄ったのは。道路沿いの第四砲台跡。

第四砲台は、生石山砲台の中で最も低い標高(68m)に位置しており、生石山低砲台とよばれていた。この砲台には敵船の舷側を攻撃する目的で、水平な弾道を持つ加農砲が配備されていたそう。

今にも崩れそうな雰囲気。

その横を見ると派手に崩れている。木の生え方を見ると相当前に崩れたようだ。

崩れた部分の奥を覗いてみると、奥にもレンガが見えている。

かなり埋もれているが、ここにも隠れていた。

少し移動して、出石神社駐車場へ。フェンスの向こう側が第一砲台跡。ここには生石山砲台最大の28㎝榴弾砲が6門、配備されていたそうだ。榴弾砲は弾道が山なりになる事から、落差が大きくなるほど威力が高まるため、生石山砲台の中で最も高い110mの位置に設置されている。このことから生石山高砲台とも呼ばれている。

フェンス横の高台には、門柱跡の様なものが転がっていた。

中に入ると、埋もれた弾薬庫跡。

ここは、あまり埋もれていないが奥のに光が差し込んでいた。

中を覗くと、いつ崩壊してもおかしくないレベル。奥はすでに崩れている。

奥に進む。

砲台跡。

さらに奥に進む。

第一砲台跡の中でも一番大きい二連の弾薬庫。その前には見学用のデッキが設置されている。

他の弾薬庫に比べ保存状態は良好だ。

反対側から。

砲台跡から階段を上り弾薬庫の上に上がる。

弾薬庫の換気口?

石垣には機銃で撃たれたような穴が開いていた。

画像ではわかりにくいが、こちらにも弾痕のようなものがあった。

コンクリート製の水槽。

石積みの壁で通路のようになっている部分があった。

下っている。

落ち葉で覆われているが、階段になっていた。フェンスがの先はバイクを駐車した所。

第四砲台跡から、第一砲台跡へ向かう曲がり角で渋滞が起きていて、何が起きたのかと思うとアクアが前後共脱輪してた立ち往生していた。他のドライバーと約10人がかりで引き上げようと試みたが、溝幅とタイヤの幅がぴったりで引き上げようとしても引っ掛かって上がらなかった。運転者によると自動車屋さんに連絡しているので、20分ほどで来てくれるとの事だ。これ以上やっても車体を損傷しかねないので、双方向の車の通行を誘導して先へ進むことにした。

かなりの時間を消費してしまったが、第一砲台の先にある第二駐車場に到着。

ここには生石山堡塁跡が残されている。堡塁の目的は、上陸してきた敵から要塞を守る目的で設置されていることから、接近戦であることから使われる武器は機関銃や小銃を想定していた。

駐車場の脇には、砲身が展示されている。

これは砲台の工事の際に、第四砲台跡の地下から出てきた27㎝の加農砲(カノン砲)の砲身。

当時は最新の輸入砲で、対岸の和歌山県加太まで十分届く14,100mの射程距離を持っていたそうだ。

駐車場から階段を降りると、堡塁跡を見る事が出来る。右側は行き止まり。

堡塁に沿って歩いて行くと、第一砲台と展望台の方へ向かう事が出来る。

第一砲台は、先ほど見たので展望台の方へ向かった。

瀬戸内海国立公園 紀望台

紀望台の上からの眺め。ここでは梅に桜、ツツジなどが楽しめるそうだ。

急遽行きたい所が出来たので、駆け足で見て回った。まだ見れていないところがあるが後ろ髪を引かれつつ、脱輪していたアクアの所まで戻ってくると、自動車屋さん=レッカーの事だと解釈していたが、本当に自動車屋さんの事で、トヨタの整備士が二人で作業していた。しかし、あの状態の車両を「ガレージジャッキで上がるのなのだろうか?」というか、ジャッキ自体を車両下に入れるのが難しくレッカー車じゃないと無理ではないかと思いつつ、先を急いだ。

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