若桜鉄道の構内と隣接、SLの駅・道の駅若桜

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SLの展示は一台だけポツンと置かれていることが多いのですが、この「道の駅若桜」は、裏が若桜鉄道構内になっているので、裏に回るだけで鉄道車両が見えますし、すぐ先の若桜駅の方に回れば若桜鉄道の現役車両やSL「C12 167」を見る事が出来るのでおススメです。

道の駅若桜には大型車4台 普通車34台(身障者用2台)の駐車スペースが設けられています。バイク用の駐車場は屋根が設けられているので雨の日などは助かりますね。ただし、6台ぐらいしか止めれないので早い者勝ちです。

この道の駅の建物を挟んだ裏側は、若桜駅の構内となっています。

道の駅の裏側には列車が停車していますので、近くから見学する事が出来ます。

画像は以前訪れた際のものですが、おもに4月~11月の第2、第4日曜日に行われているC12の展示運転は、この線路を使用して行われます。

C12 展示運転スケジュール

転駅構内には、SL現役当時からある給水塔・貯炭台などの鉄道施設が揃っているますし、転車台も整備されて現在も使用されています。

道の駅と若桜駅の間には、若桜駅構内と繋がる場所に浅井番所の雰囲気を再現しています。

浅井番所の由来
 浅井番所は文久三年(1863年)、鳥取藩によって、八東川をはさんで若桜宿の向かいにある浅井集落のはずれに設置されました。幕末の動乱の中で、人や物の出入りを監視するために置かれたものです。
 浅井番所には番士九名、下役四名がおかれ、他国から入国する際は名前や行き先を聞かれ、不審者は通行できませんでした。産物の出入りも厳しく制限され、他国へ出る際も目的や行き先を聞かれた上で番所の印鑑を押した書付が渡され、他の番所からの書類を確認されました。
 浅井番所は但馬・播磨・美作の各国へ通じる交通の要衝にあり、若桜宿は行き来する人々で栄えました。
 現存する「御番所日記」によると、伊勢参りなどの信仰、養蚕に携わる女性の出稼ぎ、物品の売買など様々な目的で人々が出入りしていたと記録されています。
 これは当時の浅井番所の雰囲気を再現したものです。
平成二十二年(2010年)一月
若狭町

浅井番所の方から、駅構内へ向かうと「こちらから入ってはいけません」と警告の看板が立てらていますので、ちゃんと若桜駅で入場券を購入するよう促されます。大人/300円・子供/無料です。

若桜駅の駐車場からでも、「C12 167」を見る事が出来ます。

C12型は、主要幹線の整備が一通り終わった昭和時代に、閑散視線(ローカル線)の建設が進められましたが、世界恐慌の影響を受け建設費を低く抑えた簡易線が数多く建設されました。このようなローカル線には軸重が軽く、運転コストの低い小型機関車が要求されるようになり、小型蒸気機関C12形が誕生しました。

若桜駅で動態保存されている車両は圧縮空気で動くよう改造が施されており、石炭を入れる必要がないく燃やすものはないはずですが、展示運転の時はちゃんと煙が出ていました。

日本車輛で製造されDD16 7は、C12やC56の代替えとして飯山線に投入されました。国鉄民営化の直前に廃車となり、国立の鉄道技術研究所構内の入換用に使用されていたものが、若桜鉄道に搬入され動態保存されています。

若桜鉄道の列車には青色の「昭和号」、ブリティッシュグリーン(若桜グリーン)の「若桜号」、ロイヤルレッド(八頭レッド)の「八頭号」と隼駅が大型バイク「隼」と同名であることからライダーの聖地とされていることにちなみ、スズキ「隼」のラッピング列車が運行しています。

毎年8月には「隼駅まつり」が開催され全国から2000台も集結するようですが、2000台もどこにあつまるんだろうか?

時間があれば、「隼駅」や映画「男はつらいよ」のロケ地にもなった「安部駅」などの昔懐かしいレトロな雰囲気を残す駅舎を見て回ってるのもお勧めです。

撮影機材

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