「京都・福知山」旧北丹鉄道 日藤トンネルと在田橋

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福知山駅から現在の京都丹後鉄道宮福線の大江駅の近くに存在した河守駅間を運行していた北丹鉄道の遺構である、連なる二つのトンネル「日藤トンネル」を訪ねた。また、移動する際に、たまたま通りがかった「在田橋」も紹介したいと思う。

日藤トンネル

北丹鉄道の遺構は、北丹鉄道本社跡とされる、JR福知山駅近くの「西駅公園」や鉄橋などが残されているそうだが、ほとんど残っておらず、ここが一番の遺構といっても良いようだ。

第一日藤トンネル南側。

このトンネルは、国道175号線沿いに存在しているので、現在は歩道として活用されている。

第一トンネル北側。

第二トンネル南側

レンガ部分の補強が入っているがお分かりだろうか?電線が止まっている部分はメッシュ状の補強シートが貼られているが、景観に配慮の事だと思うが、レンガ部分とコンクリート部分で色が塗り分けられている。

第二トンネルの北側を見れば、わかりやすいと思うが、かなりの面積が補強されていた。

隣を走るのが、国道175号線。ここには石碑がある。

また、第二トンネル内には、待避所が残されていた。内部はコンクリートで補修されているが、この部分だけは塗り固められることなく、レンガが残されている。

第2トンネルから、第1トンネル側を見た所だが、二つの距離が近いことがわかる。トンネル内もメッシュのシートで補強されている。

もともと素掘りのトンネルだったものを、コンクリートで覆っていたようだが、調査のためかコンクリートが切り抜かれていた。貴重な地肌が見れるのは今だけかもしれないので、興味のある方には、早めの訪問をお勧めしたい。

在田橋

日藤トンネルから移動する際に、たまたま通りがかったのだが、堤防があるため国道からは全くその存在に気付かない地点に存在するが、地元住民にとっては生活に欠かせない重要な橋のようで、そこそこの交通量があるようだ。

由良川には、古くから多くの渡船が存在していたそうだが、大正時代にはワイヤー式が取り入れられたそうだ。このワイヤー式の渡船は櫓や櫂の代わりに滑車とワイヤーを用いることで、大幅に労力を軽減できたそうだが、昭和初期に水没式の橋が架けられている。

河川土地占用標示板に「在田橋」と記載されていた。在田は明治22年からの大字名らしい。

この地点に在田川が由良川に流れ込んできており、河川管理境界を示す看板も掲げられていた。

橋の中央付近が非常に綺麗だったので、「補修工事が行われたんだな」と思いながら調べてみることにした。

両丹日日新聞の記事によると、2017年(平成29年)9月の台風18号の影響で河床が低くなっていたことから、定期的に点検を実施していたが、2018年(平成30年)3月20日に府の職員が点検した際、中央付近の床版が約1センチ下がっていたため通行止めとしていたが、22日の見回りの際に、長さ131・6メートルの橋梁のうち42メートルが落下しているのに気付いたそうだ。その後、前後の橋脚も含め84・2メートル部分で復旧工事が行われ、2019年(平成31年)6月25日に通行が再開されている。

橋の老朽化に伴う補修かと思っていたが、橋が落ちていたとは思っていなかったので驚いた。府の職員や関係者の日々の弛まぬ努力のおかげで、事前に異常を察知し、健全に運用されていると思うと頭が下がる思いだ。

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